2015年2月25日

父と万博




ガンバ大阪02広州富力


写真貼っているのを見てもらえばわかるように、
この試合は現地で見ていたんやけど、
今回は、試合とはあまり関係の無い事を書こうかなと思う。



先週の金曜日に父が他界しました。59歳でした。

全然真面目に仕事しなくて、酒に酔って色々と面倒を起こす、
本当にどうしようもない人やったけど、
人当たりが良くて初対面の人とでもすぐに仲良くなる明るい人でした。

49歳の時に病に倒れ、かれこれ10年間の闘病生活。

ここ2年ぐらいは言葉も発することができず、
元来、お喋りな父からすればつらい時間だったと思う。

これからはあの世で思う存分喋れるやろうから、
2年前に逝った爺ちゃん相手に、
今まで喋りたくて溜め込んでいたものを思う存分喋って欲しいと思う。

爺ちゃん、優しいから、「そうか、そうか」って聞いてくれるよ、きっと。



父がいなくなって、悲しい、寂しいっていう気持ちももちろんあるけど、
このブログを書いている今でも、現実味が無いっていうか、
堺の病院に行けば、まだ父が入院しているんじゃないかっていう気さえする。

もちろん、父はもうそこにはいないわけで。

こういうのって、時間の経過とともに、
徐々に自分の中に落とし込まれていくのかなと思う。



日曜日に葬儀を執り行い、明けた月曜日の朝、
母親が僕にこんな事を言ってきた。

「あんた、明日、ガンバの試合あるけど行くの?」

金曜日、父が逝去した知らせを会社で受け、
東京から慌てて大阪に帰ってきてから、嵐のような3日間を過ごしていたので、
火曜日にガンバの試合がある事なんてすっかり忘れていた。

正直、こんな時にサッカーの試合なんて見る気になれないと思ったけど、
「家でじっといるより好きな事やってる方が気が紛れるで」という、
母親の言葉で、万博に行くことに。

応援グッズを何も持たずに万博にいるのは不思議な感じやったけど、
自分が良く知っている万博が自分を迎えてくれたから、なんか安心できた。

まあ、試合内容がアレだったので、気が紛れるとはいかなかったけど、
ネガティヴな意味で非日常的な時間を過ごしていたところに、
自分の日常が戻ってきたことは良かったかな。


思えば、僕が初めてJリーグの試合を見に行ったのは、
93年の万博でのサンフレッチェ広島戦。(本並が内臓破裂した時のやつね)

当時、小学1年生だった僕は、父と2人でこの試合を見てたんだっけな。

いや、当時の僕はあんまりサッカーに興味無くて、
試合を見ずにチョロチョロしてて、父に怒られてたんだっけか。

火曜日の試合はチョロチョロしないでじっと見ていたけど、
頭の中では、父と見に行った22年前の試合の事を考えながら見ていた。

こんなに、目の前で行われている試合以外の事を考えて、
スタジアムにいたのって久し振りかもしれない。

「ちゃんと試合見ろ」

父に、22年前と同じ事を言われそうだな。




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